4 ハムカツ団

 前回(3 大盛り)からの続きです。量を食べることこそ我が人生、というようなことでした。若いときから一貫してそうである。そしてある日、「ハムカツ団」なるものを組織し、言い出しっぺだから団長に就任した。おいしいものを腹いっぱい、お手ごろ値段で食うというのが基本方針である。団員は小生以下、ヨメ(副団長)、弟、友人の計4名。ハムカツ団の名の由来は、ハムカツが高い食べものの正反対にある「安くてウマイ」ものの最高峰であるからである。いいオトナがバカなことを・・という点で椎名誠の「東ケト会」に似ていないこともない。

 

 さて、ハムカツ団は名物を食べるためだけにどこかへ旅行する。ま、修学旅行みたいなモンである。または近郊でもアッチにいい店があると聞けば突撃し、前から気になっていたコッチの店にも侵入を試みる。みなさんにもオボエがあるでしょう、昔から近所にずう~っとあるのに、なぜか入ったことのない店。訊けば全員知っているのに、なぜか誰も行ったことがない。店のたたずまい、雰囲気は一種異様で30年の昔から何ひとつ変わらず、そういえば何が売りの店なのかも判然としない。我々はそういう店にこそ目を向けるのである。

 

 たとえば、小生の通った高校近くにあったラーメン屋「花菱」。

「頑固一徹花菱ラーメン」と友人たちは口をそろえてウワサし、事実メニューは頑固にラーメンしかなかったようだけれど、何しろウワサばかりで誰も行ったことがないんだから、真実は闇の中である。外から店の中の様子は一切判らず、入りづらいったらない。結局小生はそこへ訪れる機会を持たないまま卒業してしまい、風のウワサで閉店したと聞いいたときのなんという後悔の念。そこらへんもハムカツ団創設の遠因といえるかもしれない。

 

 さて、ハムカツ団最初の修学旅行は高松1泊2日。高松空港でレンタカーを借りて、空港最寄のうどん屋に直行。言うまでもなく目的は讃岐うどんだから、移動の間に道の駅など冷やかしつつ、到着したその日に確か5食。夕食(4食目)はうどんすき、夜食に天ぷらをのっけたあったかいやつ。夜食のあとに行った喫茶店での甘いモンを除けば、5食すべてうどんである。

 次の日は朝一番で高松駅へ行き、入場料をわざわざ払って駅の中にある立ち食いうどん。立ち食いであっても普通にうまいことを確認、本当はどこかの高校の学食も試したかったけれど、これは常識で考えてムリですね。

 最後の8杯目のうどんは地元のみなさんが食べるかどうかは判らないが、試しておきたいカレーうどん。熱かろうが冷たかろうが、どのうどんも気合の入ったコシがあり、どこも地元にあるうどん屋の半額以下、うっかりすると200円以下。現地滞在約30時間でうどんを8回食ったんだから、立派なモンである。我々は満足して帰路に着いた。

 

 2度目の修学旅行は沖縄2泊3日。沖縄は讃岐のように何々一本槍、というわけには参らず、試したいもの花盛り。食事と食事の間に訪れた万座毛で海が見えた以外には、我々は沖縄に行ったにもかかわらず、波打ち際に一切近付いていない。

 まずは有名な市場に行って、それまで未経験の海ぶどうやらアオブダイの刺身やらを食べ、小生は念願のウミヘビのおツユも飲んでなかなかに満足。夜はどこぞのステーキ屋(たしか有名店)で安い割になんだか異常に盛りのいいステーキと鳥の唐揚げかなんかを食べて満腹。帰り道にこれまた未経験のドラゴンフルーツやスターフルーツを買って、ホテルでみんなでつつきあったりもした。

 開高健が爬虫類はいいダシを出すと書いておられたけれど、ウミヘビのおつゆは特におかしなニオイがあるわけでもなく、肉は少し固めの鶏肉のよう、骨が細くて面倒なのを除けば、大変においしい。今まで食べたことのある肉の中で一番近いのはワニ肉のように思うけれど、説明として適当でないかな?ドラゴンフルーツ、スターフルーツは話の種にはいいかもしれないけれど、どちらも香りに乏しく、ドウということもなかったように記憶している。他にA&Wでハンバーガー(A&Wは地元近郊で見たことがない)、居酒屋で沖縄名物のアレ、コレ。このへんは「初めて食べた」というところに重点があるのであって、わざわざそれを目的にしてもう一度行くか、と問われたら「いいえ」と答える。小生はマズかったといってるんじゃないヨ、念のため。

 沖縄ではまた、目的地を決めずに車で適当に走って、たまたま見つけた食堂に入った。たまたま見つけたわけだし、小生は運転していなかったせいもあって、それがどこであったのか全く記憶にない。ともかく、そこはたぶん地元の人がふつうに利用していると思われる食堂で、ソーキそば(沖縄そば?)を注文したら、おにぎりがオマケで付いてきた。そばだって結構な盛りなのに、そのおにぎりは都会の例のケチな小ッさいのではなく、子供なら十分それだけでお腹いっぱいになるといううれしいサイズ。2泊3日の間に上記以外にも、珍しいものを見つけては食べていたわけで、今思うとスゴイ量だな。

 

 というのは、これだけ大盛り大好きと書いておきながら、最近は以前のような量が食べられなくなってきている。好きな味の傾向に変化はないようだから、純粋にトシによる体力の低下が原因のようだ。気持ちはまだまだイケると思っているのに、体が「限界デス」と泣き言を言うようになった。

 

 これはコッチ(NZ)での話だけれど、ある日某友人を焼き鳥屋に招待した。友人といってもおじいさんだし、そんなに量は食べない。小生、ヨメ、おじいさんの3人で食べられると思った量の半分くらいをとりあえず注文しておいて、熱燗を差しつ差されつ食べるうち、摩訶不思議、腹がいっぱいになってきた。オイオイ、「食べられると思った量の半分」だぞ。しかも食べる前は「焼き鳥なんて大して実体のない食いモン、いくらでも食えるんじゃないの、カネが足りなくなったらどうしよう」と思っていた。適度な酒は食欲を増進させるはずでもあるゾ。実際にどれだけ食ったのか定かではないけれど、今でもクヨクヨと覚えてるんだから、受けたショックが大きかったのは間違いない。

 

 さて、ハムカツ団に話を戻そう。ハムカツ団は結成して5年くらいで団長と副団長が海外に引っ越してしまったので、事実上解散したようなものかもしれぬが、ハッキリと解散を宣言してはいない。それもそのはず、団長、副団長は国境を越えてなおその情熱を燃やし続けているのである。

 どういうことかというに、1年に1回のペースで弟が遊びに来る。すると団長はかわいい団員であるところの弟にアレを食わせたい、コレも食わせたいという思いに駆られる。そこで、自分だって滅多に食べない「ケバブ・オン・チップス」(ケバブ肉が山盛りのフライドポテトの上にどっさり、その上からグレービーソースをジャージャーかけるというすごい一品)の注文に走り、また別の日、ホットケーキとベーコンとフルーツが同じ皿に盛られて登場し、全体にメープルシロップをかけて一緒にほおばるというフシギな朝飯を喫茶店で食わせ、同時にドンブリ鉢に入ったカフェラテを見舞う。弟は当然朝から食べすぎ飲みすぎで少しキモチ悪い。これぞ我らの本懐、おれたちだってまだまだやれるゾ。

 

 ハムカツ団としては上記のほか名古屋にも行ったのであるが、それはまた別の機会に譲るとして、地元の店の話をひとつ。横浜駅に程近いバス停、岡野町と浅間下の間、新田間川沿いにある「ステーキハウスみや」。ここは古いぞ、なにせ小生が物心付いた時分にはもうあったように思うからね。しかしそこはステーキ屋、前を通ってメニューを見るまでもなく、高い店に違いないという先入観から行こうなどと思ったことがなかった。というより、店があるのは知っているのに、意識に入らないというのか、とにかく小生にとってはそういう類の店であった。ところがどういうわけかいつの頃からか気になり始め、ある日ついに未踏の地へ足を踏み入れたのである。店内は狭くてほの暗く、蝶ネクタイの店員さんが至近にいて気にならないわけでもない。しかし家族連れなどもいるから窮屈でもない。ランチに至ってはなかなかに気安い値段。夜3回、昼1回くらい行ったように記憶している。その店は、高級ステーキ店と外国産の肉を安くたくさん食わせる庶民派(小生は当然好きな系統)の間の、ビミョーな位置にいる。値段的にはどちらかといえば庶民派に近いけれど、そこはステーキだから安くもない。ハムカツ団の基本理念に反するが、ステーキなんだから仕方がない。味はどうかというに、一切奇をてらっていない超正統派。おいしい肉を、上手に焼いたステーキが出てきます。

 特に立地がいいようには思えず、「そうだ今日はまともなステーキが食いたいナ」と思うひとが大勢いるようにも思えず、しかしこの競争過激なセチ辛い現代を何十年も飄々と生き抜いている。まともなステーキをベラボーではない金額で楽しめる、上記ビミョーな立ち位置が長寿の秘訣とみた。NZ定住以来3回日本へ帰ったが、そのときには行く機会を得なかった。ああ、もう一度行く機会があるかしら。

 

 食える量が減ったように思うことがあるにせよ、おかしな食いモン、めずらしい食いモンに対する興味を失ってはいない。海外に住んでいるゆえ、おかしな食いモンは周りにいっぱいある。おいおいご紹介いたしましょう。

 

2021年11月 擱筆