キミの歩くその足許に、コロッとシューマイが落っこちていたとする。それがその辺のどこででも売っている、もしくはその辺のラーメン屋で供されるだろう見た目であるなら、踏んづけたりしないようにただ通り過ぎるだろう。そしてキミは考える。「なぜにこんなところにシューマイが?」。
しかし、世の中には一目見て身許の判るシューマイがある。「シューマイ」と書いたが、その身許の明らかなものの正式名称は「シウマイ」であって、断固として「シューマイ」などというモノではない。とはいえ、それは横浜市民に限ってのことかもしれない。ただし、おそらく、モノゴコロさえ付いているならば、こどもでも判る。
なぜ一見で身許が判るのか。サイズか、容姿か、はたまたその他なのか、そこは個人の判断基準によるだろうが、見間違えることはないように思う。もし道に落っこちているシウマイがわれらのシウマイであったなら、これはちょっとした事件であり、心穏やかではいられまい。
「おおぅ、なぜにこんなところにシウマイがッ。箱から落ちたんだったら1/15、万がいち弁当からなら1/5の消失じゃないか。ダメだよ~、気を付けなきゃ。おお、かわいそうなシウマイ、こんなところに転がるために生まれてきたわけじゃねえだろうに。放置するなんてヨソ者の所業に違いねえ。」
「あら、崎陽軒さんがこんなところに。落としてしまったのは不幸だけれど、そのまま放っておくなんて失礼じゃないかしら。わたしなら外側の汚れてしまったところを剥いで、なかのキレイな8割はいただくわ。」
と、このように愛されているシウマイは、言うまでもなく崎陽軒産である。われわれの愛が理解できない読者もいよう。しかしだね、道にハダカで落ちている「ずんだ」を仙台の人が目撃したら?長野のどこかに「おやき」がペロッと落っこちていたら?どんなにふだん穏やかな人でも、平静を保ってはいられまい。キミの地元にもひとつやふたつあるでしょう、道で息絶えていてはイケない郷土の誇りが。
かように横浜市民に愛されているシウマイ、小生の情報源の『秘密のケンミンshow』によると、茅ケ崎、鎌倉、相模原等、横浜以外の神奈川県内でも同様に愛されているという。特に深く考えることなく幼少期から「横浜のシウマイ」だと思っていたのでビックリしたけれど、横浜以外でシウマイを語るんじゃねえ、というようなケチな料簡はこの際捨てることとし、神奈川県全体で応援してもよい。
というのは、それぞれの地方によって特色があるのは日本の美点であって、それがないとさびしい。宮脇俊三先生の受け売りみたいで気が引けるが、国内旅行をおもしろくしているのはこの点である。前にも一度軽く触れたことがあるのを承知であらためていいたいのは、ニュージーランド(小生在住、念の為)は歴史の浅い国なので地方色がほぼなく、知らない土地をおとづれる新鮮さはあっても、その土地の名物なるものがない。北島に行かねば食えない峠の釜めしはなく、南島の南の果てでしか経験できない砂風呂もない。なので、地元で共有できる文化があるならば、ぜひみんなで応援したい。
そこでうらやましいのは群馬県民である。群馬県には「上毛かるた」という郷土の文化を網羅したものがあり、五七調で耳に心地よい。曰く「心の燈台 内村鑑三」、「浅間のいたずら 鬼の押出し」。これを幼稚園、遅くとも小学校から扱うらしく、群馬県のみなさんは知らないうちに自分の住んでいるところがいかにスバラしいのか覚えてしまうという寸法だ。こどものうちに刷り込まれたものはおとなになっても忘れないもので、九九を考えれば容易に想像できよう。幼時に遊んでいる間は理解できていなくてもいいのであって、あとになって学校の授業なりで触れたとき、「おれ、内村鑑三知ってる!」という再会ができるって、うらやましいじゃないの。
このいわゆる「郷土かるた」というものは実は日本中のあちこちにあるらしいが、群馬県ほどに浸透しているかは疑わしい。なんと「ヨコハマかるた」なるものも小生が小学生の頃に製作されたそうなのに、残念なことにいまだもってやったことはおろか、聞いたことさえなかった。かの柳原良平氏が一枚嚙んでいるとのことだから、中身に問題はあるまい。とはいえ、かるたといえば4~50ペアをもって1セットだから、横浜にそれだけのネタがあるのかという疑問もある。ちょっと気になりますねぇ。閑話休題、こういった郷土かるたなりなんなりがその土地土地で愛され、覚えられ、結果として自分の出身地を誇りに思うようになるというのは、もう、本当に全国で起きてほしい。中央集権を止めたいなら、これが一番の近道だと思うヨ。
また、小中学校時代にみなさんご存じの社会科見学というのがありました。これも大げさにいえば、見学を通じて地元を知る、という大義から重要なものである。小生の例でいえば、小学生のときに行ったのは日産座間工場と、コカ・コーラ海老名工場の二本立てである。二本立てというのは、一日でふたつとも行った、の意味である。ダットサンを日産のルーツと定義すれば、日産は横浜、上述に従うなら神奈川県発祥の企業であるから問題ないとして、横浜の小学生がコカ・コーラの工場を見てどうするのか。郷土かるたの視点からいって、ダメですね。海老名まで行ってアメリカ発祥の飲料生産現場を見る必要はない。オートメーションは座間工場で見たんだから、コカ・コーラ工場を是が非にも見なければならぬ理由などない。だったら生麦のキリンビール(意外にも横浜発祥)へ行こうじゃないの。ナニ小学生だって構うもんか、ビールを試飲して、酔っぱらっちゃうよ。もしくは大さん橋と氷川丸の二本立て、もしくは開港記念館を合わせて豪華三本立てだって、歩いて移動できる範囲なんだから時間的にも余裕である。氷川丸なんぞは戦争中の逸話もあったりで、小学生に理解できるかどうかは別として、知っておくべきものではある。小生が氷川丸に乗ったことがないのは、学校が連れて行ってくれなかったせいに違いない。
江戸幕府直轄であったがゆえに、かるたにするだけのネタのなさそうな横浜でさえすでに先人がなんとかしたわけであり、もっと広く「神奈川県」ということなら可能性はさらに広がる。東京も似たようなものだろうが、そのほかのところではそれこそヨリドリミドリだろう。特に歴史のある奈良や京都など、ありすぎるネタの中から選ぶ面倒さえありそうである。
それに加え最近は学校単位で地場産業を担うウデの立つ職人さんの元をおとづれたり、農家の見学とかもするそうだから、そこにも期待したい。文化の根底を支えているのはハッキリと、第一次、二次産業に従事するひとたちである。サブカルチャーとかの話をしてるんじゃないぞ。
幼稚園時代に郷土かるたを始め、小学生になったら地元の歴史か文化に関わる施設を見学、中学高校なら農家か漁師、もしくは職人さんに会いたい。そうするとシウマイを道に落としてそのまま放置するバカ者は現れなくなり、ずんだ、おやきの場合も同様である。だってね、地元を誇りに思う感情は、ヨソに対する尊敬の念と表裏一体のはずだから。
2026年9月 擱筆